聖徳太子はいなかった。菅原道真が遣唐使を廃止したのは自分が遣唐使に選ばれたのがいやだったから。豊臣秀吉が何で朝鮮に出兵したのか理解できない、ぼけていたのに違いない。福沢諭吉は差別主義者だ。左翼の学者や教師はこういうことをいっている。

要するに彼らにとって日本人が中国を否定するようなことは考えられないこと。あってはならないこと。そんなことあるはずがないという観念がある。だから実際その観念を否定するようなことをした人物はことごとく否定しなければならない。


聖徳太子は記録が少ないからいなかったことにする。しかしもっと記録が少なく、関連する文物のまるで残っていない朝鮮からの帰化人の記述は否定しない。なんの証拠もない記紀にある記録だけで「日本は朝鮮から文化を伝えてもらったのだ」と言う。自分の観念に都合の悪いことはたとえどんなに記録や遺品ゆかりの品があっても偽物だと否定し、都合のいいことはどんなささいなことでも利用する。


さすがに菅原道真豊臣秀吉はいなかったことにはできない。だから今度は彼らの行動の原因を個人的な動機に矮小化する。左翼にとって中国を否定する彼らの決定や行動の動機が理解できない。「まともな日本人がそんなことをするはずがない。だから彼らは彼らの個人的動機で決定を下したのだ。偉大な人物ではない取るに足らない人間である。」と否定するのである。


菅原道真は当時文章博士、今なら文部科学大臣の地位にあり、帰国した留学生や渡来僧から唐の詳しい情報を得られる立場にあった。当時すでに唐は混乱状態で、現に菅原道真遣唐使を中止した数年後に唐は滅亡している。正確な状況判断で政治的決断で、遣唐使を中止していたのである。


豊臣秀吉朝鮮出兵の動機がわからないといわれるが、フビライアレキサンダーの動機をいちいちあれこれ問題にすることがあるだろうか?彼らは結果だけで偉大な征服者と評価されている。何で秀吉だけが動機が理解できないとか無謀だとかすでに惚けていたとかいわれないといけないのか?フビライであれアレキサンダーであれナポレオンであれ、国土を統一した強力な征服者が次に領土を拡大しようとするのはごく自然な成り行きだろうに。


そして最後に脱亜論を発表した福沢諭吉である。論理で勝てないからあることないこと持ち出して人格を否定することで相手の評価を否定しようという、よくある手口である。彼を差別主義者だと指摘する材料になった福沢諭吉の論文の中には彼の書いたものでないような出所の怪しいものまで含まれている。